意識的にお金を出すことは、別に損ではない

我が家では、トイレ掃除は私の仕事だ。妻のほうが家事を多く行っているが、私もいくらか分担している。
トイレ掃除が好きな人もいるだろうけれど、私にとっては面倒なことだ。だからなかなかやらない。それではトイレが汚くなるばかりなので、「毎週木曜日はトイレ掃除の日」と決めてみたものの、「今日は疲れてるから……」などというひどい理由で週末に先送り、週末は週末で理由をつけて先送り、という事態が頻繁に発生する。
そこで、トイレ掃除用のグッズを買うことにした。「トイレクイックル」のような商品だ。これまでの方針として、なるべく雑巾と重曹の希釈水を使って「エコな感じで」掃除することにしていたが、開き直ってグッズを使うことにした。だって雑巾は面倒なのだもの。その点クイックルなら拭き掃除が終わったらトイレに流してしまえばいい。楽チン。


これは何についてもいえることなのだけど、お金を出してなにかするという行為は、お金を出すに足るなにかを代わりにやってもらうということだ。ご飯を作るのが面倒だから、ファミレスで食事をする。自分で自動車作るのはいろいろ大変だから、お店で売っている自動車を購入する。
お金を払うことの裏側には、かならず、別の手段がある。ファミレスで800円の外食をする代わりに、450円のコンビニ弁当を買ったり、200円のカロリーメイトで済ませたりする。あるいは自炊をする。もっと安く済ませることのできる別の手段が、かならずある。
さて、ではここで自炊ではなくファミレスを選択することは、損なのだろうか。
金銭面だけをみれば、もっと安くすることはできる。しかし、たとえば料理するための時間や片付けのための時間を考えてみたらどうなるだろう。それらの時間を楽しむことができるなら、自炊してもいいかもしれないが、もし苦痛であるのなら、お金がかからないということはメリットにならない。


「ひとり暮らしの大学生が、うつで死なないために必要なこと」という記事にも書いたように、やりたくないこと・それをすることで苦痛に感じることが、少しのお金で解決できるのであれば、積極的にお金を使うべきだろう。

机にお茶をこぼしてティッシュで拭くと「もったいない」と言われる事がたまにあるが、先進国の中流家庭ですらティッシュを使うのを我慢して、ぞうきんを台所からとってこないといけないのか? そういう手間を省くために働いて金をかせいティッシュを買っているんじゃないのか?

http://twitter.com/saigoofy/status/900556292

どういう理由でお金を使うのか、ほかのもっとお金のかからない手段があることがわかった上で余分に支払う理由はなんなのか、ということの説明がつくのであれば、お金を使うことは別に損ではない。闇雲に「節約」を叫ぶのではなく、必要な支出とそうでない支出を区別して、お金の使い道について意識的になることが大切だろう。