『幕が上がる』は『桐島』を超えたか 〈舞台装置〉としてのももクロ

映画『幕が上がる』を観た。
いい映画だった。かなりいい映画だと思う。

映画『幕が上がる』公式サイト


青春映画である。田舎の高校の弱小演劇部が、全国大会を目指す。新任のすごい先生と、強豪校からの転校生。挫折と成長と事件を通して主人公たちが成長していく、言ってしまえば、よくある話。


この映画の主演は、ももいろクローバーZの5人だ。彼女たちはアイドルであり、女優ではない。いや、なかったと言うべきか。女優ではなかったはずだが、映画ではまったく自然な演技を披露している。
アイドルが出演する作品を観るときは、それなりの覚悟がいる。きっと大根なんだろうな、棒読みなんだろうな、キラキラ顔のアップばかり映るんだろうな、そういうものを受け入れる覚悟がいる。『幕が上がる』において、それらは杞憂だった。
ももクロメンバーたちの演技が、特別に優れているとまでは言わないが、黒木華ムロツヨシと並んで残念な気持ちになるようなことはない。「普通にうまい」という表現がちょうどいいだろうか。平田オリザの影響が相当強いのだろうなと感じる演技だ。
演技以外の点でも、アイドル主演ということを意識させない映画になっている。やたらと笑顔ばかりが映るようなことはなく、むしろ、意地の悪い表情や、生気のない表情が印象的なシーンも多い。ももクロは5人グループだが、事前知識なしに映画を観たとしたら、誰と誰がももクロなのかエンドロールまでわからないかもしれない。「少なくとも主役の部長はももクロだろう、このショートカットもそうかな?この狂言回しっぽいのは?この転校生は違うかもな、この後輩ってそうだったのか」みたいな。
そんなわけで、「アイドルが主演してる映画ね、はいはい、そういうのはいいや」と捨て置くのは、ちょっと違うよ、ということを強調しておきたい。


映画を観ていて何度も思い出したのは、『桐島、部活やめるってよ』だ。
高城れにが廊下を走り回るシーンや、玉井詩織有安杏果が屋上で大道具をつくるシーン。東京の小劇場からの帰り道で、2年生が佐々木彩夏の行動についてコメントするシーン。ちょっとした場面から、ときおり『桐島』っぽさを感じた。
ひとつのスクリーンのなかで、複数の物語を、まったく同時に進めることは、難しい。けれど現実には、ひとつの空間のなかに複数の集団があれば、併行してそれぞれの物語が進行している。『桐島』はそれを、序盤のカットバックの多用などから、終盤の屋上での大集合とその後を劇的に描き、個人それぞれの物語の存在をあらためて提示した。『桐島』は、「みんながひとつのことを目指す青春映画なんて虚構だ」と言ってみせたのだった。


対して、『幕が上がる』は、青春映画をアイドル映画と併走させるという方法で、『桐島』へのアンサーを提示してみせたのではないか。
主演のももクロは、現実世界において、まぎれもなく青春ドラマの主人公だ。手弁当の営業活動から始まり、次第にファンが増えていき、紅白歌合戦などの大舞台に立ち、いまも活躍のまっただ中にいる。主要メンバーの脱退もあった。そんな「アイドルグループとしての物語」を、この映画にいっさい重ねないというのは難しい。
富士ケ丘高校演劇部は、同時に、ももいろクローバーZでもある。いや、同時にではないかもしれない。映画のなかでは、彼女たちは役者であり、アイドルではない。けれど、たびたびBGMとして流れるももクロの楽曲や、ももクロと関わりの深い人物のカメオ出演ももクロのテーマカラー(赤、黄、紫、緑、ピンク)を連想させる小道具などにより、観客はいま観ているものがアイドル映画であり、ももクロがそこに映っているのだと認識させられる。
つまり、『幕が上がる』という映画において、ももクロは役者でありながら、舞台装置でもあるのだ。
現実世界において、圧倒的に青春ドラマの主人公をやってみせているアイドルたちが、青春映画の王道を演じている。しかも、その演技はまったく自然である。これは、かなり面白い現象だと思う。


そんなわけで、『幕が上がる』は、ある意味では『桐島』を超えたかもしれない。
『幕が上がる』には、『5つ数えれば君の夢』のような鋭利な美的感動はない。『桐島』の示したような批評性も、ないように思う。平田オリザの原作小説にあった面白さは、ずいぶん取捨選択がなされている。

ももクロのファンとして、アイドル映画好きとして、原作小説のファンとして、いろいろとまとまらない気持ちはある。少なからず、物足りなさはある。でもそれは、100点満点だけを目指すことの狭量だろう。

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