もっと手前から部屋の片付けを考える『片づけの解剖図鑑』

部屋の片付けについて書かれた名著といえば、近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』がある。
「ときめき片づけ」の肝は、所有するものに対して自覚的であれ(手に触れて「ときめき」を感じるモノだけ残して、「ときめかない」モノは捨てよう)ということだ。これは精神的な話であり、だからこそ重要なことだ。もうひとつ重要な基本方針として、すべてのモノの定位置を確定しそれを守るべし、というものがある。モノの住所を決めておき、必ずその場所に置くようにすれば散らからない(常に片付けを続けながら生活する)という。
それでは「すべてのモノの住所を決めてやる」ことが簡単かというと、そこには家を建てる段階にまでさかのぼって考えておくべき課題があるのだ、ということが書かれているのが、鈴木信弘『片づけの解剖図鑑』だ。

片づけの解剖図鑑

片づけの解剖図鑑

本書の「はじめに」から引用する。

もし、あなたの家が、片づけても片づけてもまたすぐに散らかってしまう家だとしたら……それはあなたの責任ではありません。おそらく、あなたの家を設計した人の責任です。あなたの家の図面を作成するにあたり、事前に考慮すべきであった「片づけやすい仕掛け」を、うっかり忘れてしまったのです。

散らかった部屋をきれいに片づける具体的な技術論、あるいは精神論については、すでに世評を集めた素晴らしい本がたくさんありますので、そちらをお読みいただければと思います。
この本に書かれているのはそれ以前の問題、すなわち「家はどのようにつくっておけば散らかりにくいのか」

本書は2部構成になっており、前半「ヒトの動きを追いかける」で家のなかの場所ごとに着目し、後半「すべてのモノには場所がいる」でモノに着目している。各項目4ページ程度で、ありがちな散らかり方とその原因、建築的な視点での解決案が示される。全編にわたってシンプルで少しユーモラスなイラストが使われており、眺めるだけでも楽しい。
Chap.1のはじめで、家の収納スペースを街中の駐車場に例えている。広く大きな駐車場があれば便利だが、目的地から遠いところにひとつあるだけでは不便であり、近くに小規模な駐車場(コインパーキングや荷捌き場のような)も併せてあるのがよい。家のなかも同じことで、ちょっとした棚やカウンタがもっとあればよかったのだけど、大規模収納しかないと困るんですね、と。このような視点は、いま住んでいる家のリフォームが不可能であっても、有用だ。実際、私のキッチンはこれを読んでから使い勝手がぐっと向上した。
Chap.2ではまず洗濯物に注目する。洗濯物は、洗濯機→ベランダの物干し竿→タンスと移動をするが、「干す」と「たたむ」のあいだにも居場所が必要なのは見落とされやすい。取り込んですぐさま洗濯物をたたむとは限らない。
私は何度か引っ越しをしているのだが、「ベランダに通じる窓にカーテンレールがついていない」家に住んだことがある。背の高い大きな窓は、景観上はとても気持ちがいいが、夏も冬も外気温から影響を大きく受けるし、いざガラス掃除をしようとしたら気が重い。そして、カーテンレールがないと、取り込んだ洗濯物の置き場所がない。乾いていれば、ソファの上にでも乗せておいて早めにたためばよいが、困るのは乾かなかったときだ。ベランダから浴室へ持っていくしかない。
おそらく、そのアパートの設計をした人たちは、住まいのモデルルーム的な景観には注意しただろう。しかし、実際にそこで生活する上では、細々としたモノの場所を確保しておくことにも注意してあってほしい。
本書は、建てたりリフォームしたりする段階になると、想像することも忘れてしまいそうな生活項目のチェックリストとして、よく機能すると思われる。*1
本書を読んだからといって、家を建てなおすことは大抵の人にはできない話だろう。とはいえ、そもそもなぜ散らかるのかということへの回答を得て、それについて考えることは、生活のあり方を見つめなおし、より快適に過ごすことへのきっかけになるだろう。
まいにちの生活に追われるなかで、小手先の収納テクニックばかりに気を取られてしまえば、根本的な解決は難しい。技術論のもっと手前、精神論よりもさらに手前から、片付けを見つめなおすことで、生活はもっと豊かなものになる。
片づけの解剖図鑑 人生がときめく片づけの魔法

*1:見落とすはずのないと考えてしまうような項目についてもチェックリストを用意することの有用性については、『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】』という本が面白い。