学校では教えてくれない味噌汁の作り方

一般人がなんの教科書もなく炊事をするのは難しいので、テレビの料理番組や、書店に並ぶレシピ本の数々が参考になる。
世にはいろいろな料理番組や本があるが、和食をつくるときはダシを取らせようとする印象が強い。
初心者でなくても非常に参考になるNHKの番組『きょうの料理ビギナーズ』においても、材料は「だし 500ml」などと表記される。洋風のスープや煮込み料理であれば「固形コンソメ 1個」となるし、中華ならば「鶏がらスープの素(中華風) 大さじ1」などとなるにもかかわらず。なぜ和食でないときはダシを取らないのか。面倒だからか。
和食のレシピ指示における「だし」が、素材から原理主義的に取ったダシを指定しているというわけではないことは分かっている。和風ダシにおいても、インスタントの粉末素材はたくさん売られている。分量にしたがって水に溶けば、500mlの和風スープができる。
それでいいなら、そう言ってくれればいいのに。
洋風や中華風のときばかりインスタントを明確に推奨してくるものだから、和風のときには鰹節や昆布や煮干しでちゃんとしたダシを取ることを促されているように感じる。初心者は、そこで手が止まる。
インスタントの和風ダシの存在は、テレビCMを見ていれば気付くし、料理本の裏表紙あたりに広告も載っている。それでも、教科書が明示しない素材を使うことは初心者には難しい。別に市販のものでもいいなら、その都度そう言ってくれたらいいのに。たぶん、いろいろ制約もあるのだろうけど、それにしても。
料理に慣れない人は、レシピに「うすくち醤油」と書かれていればどうしても「うすくち醤油」を買わなければならないと思うものだし、材料に「ワインビネガー」と書かれていれば、代用になるものを指定されない限りはワインビネガーを買うかその料理を作るのを諦める。
他にもたとえば、ワサビは普通は手に入らないから、チューブタイプの練りワサビでよいとされるが、ショウガやニンニクとなると自分の手で刻むことを推奨される。そこに有意な違いはあるのか、初心者には判断しにくい。ニンニクを刻むと手が臭くなる。
初心者は、難しいことはしたくない。ところが、初心者は、教科書には書いていない有名な裏ワザを知らない。手軽なショートカットを知らない。
家庭料理はラクに作れた方がいい。味噌汁はダシ入り味噌を溶いて作ればいい。生姜焼きはチューブのショウガで作りたい。米は研がずに無洗米を炊きたい。ワインビネガーとエキストラバージンオリーブオイルと黒コショウは持ってないし他の使いみちもわからないから、市販のドレッシングで済ませたい。
「教科書に載っていない真実」なんていうと陰謀論か青春ラブソングかどちらにしても恥ずかしいが、指南書が省略している手順というのはたしかにある。
料理に限ったことではない。部屋の掃除に「古新聞紙をつかう」とあったとき、それはどうしても新聞紙でなければいけないだろうか。新聞を購読していないから掃除ができない、なんていうと冗談のようだけど、案外そういう思考をしてしまいがちだ。目指す方向がしっかり見えていないから、指示をなぞることしかできないし、指示にない近道は見つけられない。
少しのことにも、先達はあらまほしき事だ。
完全にオーダーメイドな家事技能の伝達は、おそらく、家庭でしか実現されない。核家族化がどうのこうの以前に、十分な伝達に割ける時間が家庭にはない。
自分がその分野において初心者だと自覚すれば、教科書からは省略されているコツがあるかもしれないという発想が出てくる。ひとまず教科書をなぞった上で、別の参考書にあたったり、他の先生を探すこともできてくる。
教科書を書く側の立場になったときには、熟練したために自覚しなくなった手順を省略していないかどうか意識したい。
どんな伝達にも省略がある。知りたいことは何か。伝えたいことは何か。
私たちが作りたいのは、和食の伝統にのっとった素晴らしい味噌汁だろうか、それとも日々の食事の習慣において手軽にできてそこそこ美味しい味噌汁だろうか。