2014年にいちばん私の心を打ったのは、映画『5つ数えれば君の夢』だった

年の暮れ、さて今年触れた作品はどんなだっただろう、何が素晴らしかっただろうと振り返ったとき、いちばん素晴らしかったのは映画『5つ数えれば君の夢』だと確信しています。


3月に映画館で観たときに、これはすごいぞと興奮し、ブログにも書きました。
映画『5つ数えれば君の夢』が素晴らしいという話 - うしとみ
あらためて『5つ数えれば君の夢』について簡単な説明をしておくと、5人組アイドル「東京女子流」が主演の映画です。青春映画であり、少女映画であり、女子校映画。女子高の学園祭の準備期間から当日に向けての少女たちのドラマを描いた映画です。
アイドルが主演する映画というのは、基本的には、そのアイドルのファンだけが楽しめるものであろうと思います。そもそものストーリィ、作品としての出来、アイドルたちのつたない演技については、アイドル映画であるということで不問にされるものでしょう。
『5つ数えれば君の夢』も、一面では、まったくアイドル映画です。彼女たちの演技はつたない。しかし、彼女たちは美少女です。「美女」でも「少女」でもない、「美少女」。美少女とは、自身の容姿が他者の目を惹きつけうるという自覚をもった少女です。彼女たちは、ただいるだけでは、愛でられるだけで終わってしまいます。適切な切り取られ方をする必要があるのです。


なにぶん9ヶ月前のことですし、DVDレンタルも始まっているので、あらためて鑑賞しました。

5つ数えれば君の夢 [Blu-ray]

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ほんとうに素晴らしかった。
『5つ数えれば君の夢』のセリフ回しはとても特徴的です。文語的で、舞台演劇的で、詩的です。文語的なセリフを、決して演技がうまいわけではない美少女が、淡々と(そして滔々と)語っていく。そこに山戸結希監督の切り取り方がある。
5人組のアイドルを、それぞれに違う性質をもった独立したキャラクタとして設定し、それぞれの青春にある狂気を描いてしまいました。特に、「都」というキャラクタの狂気はすごい。文化祭前夜の、「宇佐美」への圧倒的愛の告白。「うさみ、うさみ、うーさーみー」。まったく、直前のシーンでの「委員長」の独白も強烈だったというのに。
狂気はいつも、ぶつける相手がいるからこそ顕在します。中野駅前での回る2人の対話も、学園祭前夜の兄妹の対話も、誰もいない体育館での愛の告白も。狂気とは美しさであり、美しさとは狂気である。それは、ただあるだけではなく、受け取る者がいるからこそ、美しいのです。
都の告白のなかに「(宇佐美がいない世界なんて)巨神兵のいない東京(のようだよ)」というセリフがあって、これはもう強烈に現代の狂恋です。巨神兵のいない東京、それはそれで平和で素晴らしい。けれど、そんな平和な日常なんて、刹那を生きる美少女たちは、きっと望んでいない。すべてを焼き尽くす愛、あるいは無。そんな瞬間と累積による美しさを、この映画は描き出しています。


観る人を選ぶ映画ではあると思います。もっともっと価値の高い映画は、きっといくらでもあるでしょう。そのことはわかった上で、私にとっての2014年のベストは、映画『5つ数えれば君の夢』だと断言するのです。

「きょうの料理ビギナーズ」が素晴らしい3つの理由

NHKの料理番組、「きょうの料理ビギナーズ」。2007年4月から放送されているそうだけど、私が毎回観るようになったのはこの一年ほどのこと。この番組が素晴らしい。


きょうの料理ビギナーズ」は5分間の番組だ。そんな短時間には料理は完成しないので、当然、編集が入る。
「ビギナーズ」の大きな特徴は、調理者が喋らないという点だ。調理をしている映像の上から、案内役のキャラクターである「ハツ江」が解説する。親しみやすいキャラ設定になっており、おばあちゃん風にお喋りする感じだ。
一般的な料理番組では、調理者がつくりながら解説をする。料理の先生だったり、芸能人だったりが、包丁やフライパンを持ちながら喋る。ライブ感がいいのかもしれないが、この方法では原稿通りの解説にはならないだろう。だから横でアナウンサが「酒大さじ1、砂糖大さじ2分の1が入りました」などと口を挟む。
「ビギナーズ」では、映像情報は編集され圧縮されている。切り方がポイントになる料理ならば切る映像を、火加減が重要ならば火にかけている場面を重点的に見せる。調味料の分量は画面上に文字で出している。ハツ江は「酒、砂糖を加え」とは言うが、「酒大さじ1、砂糖大さじ2分の1を加え」とはまず言わない*1。映像も音声も、調理の全体の流れをつかみ、ポイントを把握することに気を遣っている。この編集方法が、「ビギナーズ」の素晴らしさの1番目の理由だ。


料理のレシピは、ネットを検索すればたくさん見つかる。本もたくさん出版されている。テレビ番組に限った話ではないが、情報のあふれている状況で料理について発信するのであれば、「どんなときにこの料理を思い出してほしいか」、「ある調理法を知ったときに、他にはどんな応用がきくのか」といったエピソード的な情報が重要なのではないか。
「ビギナーズ」の番組内で料理の前後にある短いアニメーションは、こういった物語的情報を伝えるのに役立っている。一般的な料理番組でも、このことはかなり注意深く提供されていると感じる。ただ、「ビギナーズ」のように、現実世界のことに左右されにくい創作キャラクタたちが登場することは、なかなか馬鹿にならない効果があると思っている。


3つ目の素晴らしい点は、番組内容の幅広さだ。あくまでも「ビギナー向け」という姿勢は維持しながら、高度な調理法などにも挑戦していく。
「ビギナーズ」では、基本的に、難しいことはやらない。普通のスーパーで買えない食材は使わない*2。フードプロセッサを使ったところを観た覚えがない*3
2014年11月前半の放送は、お米の特集だった。炊き込みご飯、蒲焼き丼、親子丼、オムライス、ピラフ、リゾット、インディカ米のライスサラダといった具合に、幅広く取り上げられる。お米の研ぎ方や水加減のことを丁寧に説明する回があり、炊き込みご飯のために昆布と鰹節で一番だしを取る回がある。その一方で、カツ丼は「市販のとんかつを買ってきて、あとはタマネギと卵と調味料でつくりましょう」という回がある。
ちゃんとした手順でちゃんとする方法と、簡単なやり方で気軽につくる方法の、どちらも知っていることが大切なのだ。いつも教科書ではたいへんだし、なんでもかんでも時短の裏ワザがいいわけでもない。ビギナーズにとっては、この番組のもつ幅の広い指南が、とても有用だ。


それにしても、NHKの料理番組が「きょうの料理」と「きょうの料理ビギナーズ」および「ひとりでできるもん」後継番組の3種類しかないというのは、バランスが悪いのではないか。「きょうの料理」は同じ番組名のなかでいろいろとやっているのだけれど、もっと「ビギナーズ」寄りの企画に力を入れてもよいのになどと思う。

NHK きょうの料理ビギナーズ 2014年 11月号 [雑誌]

*1:たまには分量を言うかもしれない。

*2:今月はパプリカ(粉)が登場したが、パプリカ(粉)は普通のスーパーでも案外売られている。

*3:過去には少なくとも2度、フードプロセッサが登場する回はあったらしい。

『やっぱり肉料理』、肉を喰おう肉を。

お付き合いのある料理人がレシピ本を出版したので購入。いい本なので紹介。

やっぱり肉料理~カリフォルニア・キュイジーヌのとっておきレシピ

やっぱり肉料理~カリフォルニア・キュイジーヌのとっておきレシピ

本書『やっぱり肉料理』は、肉料理の本である。出てくる肉は、牛、豚、鶏、羊、鹿。いきなり「肉は塊で買おう」なんて提案してくるし、最初のレシピはサーロインステーキだ。肉を喰うモードになっておかないと、ちょっと圧倒されてしまう。
とはいえ、肉の保存方法や、ステーキの焼き方など、丁寧に説明されており、肉初心者にも安心の構成になっている。
本書に登場する料理は、Amazonのページに一覧で掲載されている。


料理の写真がどれも美しく、食欲が適度に刺激させられる。肉料理のパワフルさがありながらも、上品で清潔感があるページ作りになっており、胸焼けするようなものでもない。
肌のほとんどが露出した水着姿のアイドル写真集を何度も繰り返して眺めることは疲労するが、美女が普段着で何気なく写っているような写真集ならばいつでも手に取れる(個人の感想です)、そんな感じ。
キッチンやリビングに置いておいて、なんとなくパラパラめくるのにも楽しい本だ。


料理の作り方は、インターネットで検索すれば無尽蔵にヒットする。しかし「検索すれば」見つかるということは、検索しなければ見つからないということ。「今日の夕飯なんにしようかなー、やっぱり肉料理がいいよなー」と思ったときに「肉料理」で検索したところで、いい具合に食べたい料理の作り方が見つかるとは限らない。
たしかに、検索すれば、本格的なビーフカレーの作り方や、豚バラチャーシューの作り方はわかる。けれど、「鹿肉のジャーキー」を作ってみようなんて思いつくことは、できないだろう。本書のいくつかの取り組みやすいレシピを試したのち、この本に載っているのだからイケるだろうと「鹿肉のジャーキー」に取り組むこともあるだろう。そのときは、「鹿肉 冷凍 通販」などで検索すればいい。


本に載っている情報のほとんどは、インターネットに散らばってはいる。だから本は買わないという考え方もあるだろう。
しかし、書籍であるということには、ある程度ボリュームのある情報が、一定の精度にしたがって編集されているという価値がある。特に本書は、ひとりの料理人による本だ。内容にブレがない。
決して高価ではないが、安い本でもない。この本を買うお金でレストランでステーキが食べられる。
それでも、1冊のよくできた料理本を手元に置いておくことの意義はある。この本を道しるべとして、これから肉料理への造詣が蓄積されていく。そこにはたった1皿のサーロインステーキだけでは楽しめないほどの幸せがあるだろう。

演奏会用の芳名帳をつくってみた

とある演奏会のお手伝いをしておりまして、そのなかで「芳名帳を置きたい」ということで私が用意することになりました。
芳名帳というのは、その名の通り「お客様のお名前を書いていただくノート」です。冠婚葬祭の場面や、個展サイズの美術展などで見る機会があります。
大きめの雑貨屋などに行けば、文具コーナーや結婚式コーナーなどに「芳名帳」として用意もあるのですが、どうも値段が張ります。わざわざ買うのはためらわれますが、普通のノートで代用するのも味気ないところです。


とりあえずLOFTに行ってみたら、芳名帳のリフィル用紙が売られていたので、これを使って自作することにしました。
買ったのは、リフィル用紙、表紙のための画用紙、綴じ紐としてリボン、の計3点。

5人分書ける用紙が10枚入って190円と、手頃な値段だったのでこれに決めました。
表紙はいろいろ探しましたが、表面に光沢加工のある画用紙にしました。A3サイズで60円くらい。
リボンは近くの手芸店で60cm分だけ購入。90円くらい。


リフィル用紙よりも少し大きめに画用紙を切って、パンチで穴をあけて、リボンで留めるだけ。

カッターナイフで切った辺はどうしても曲がってしまったので、マスキングテープで隠しました。

背表紙が付けられなかったのは残念ではありますが、私の工作能力だとこのくらいがちょうどいいかな。

はじめてのフィギュアスケート観戦

(この文章は、2013年7月にfacebookへ投稿した文章を改定したものです。)


「ミュージカルと大相撲とフィギュアスケートは一度は生で観たい」と以前から思っていたのですが、安藤美姫さんの引退予告を知り、「観るなら今でしょ!」ということで行ってきました。

「プリンスアイスワールド2013」、7月12日(金)19時の回。東伏見ダイドードリンコアイスアリーナにて。


はじめてのフィギュアスケート観賞で特に感動したことを3つ。

  • 速い

移動が速い。想像以上にスピードが出ている。広い舞台の端から端を、あっという間に移動できてしまう。群舞のときほど、速さがより映える感じがしました。生身のダンスやバレエでは不可能なスピードによる表現ができるんですね。

  • 氷を削る音

跳ぶとき、曲がるとき、靴の刃が氷を削る音が、客席まで聞こえます。ショーの音楽が派手だとこれは聞き取れないのだけど、静かな曲調のときには、氷削音が神々しい美しさをもったアクセントになります。この美しさは、会場でないとわからない。

  • ジャンプへの歓声

フィギュアスケートといったら回転ジャンプ。テレビで観ていると「トリプルルッツ!」とか言ってるけど、素人にはぜんぜんわからないですね。それはさておき、ジャンプが成功すると普通に「おぉ〜!」って声が出ました。着地に失敗するとみんな「あぁ〜…」って言うんだけど、それも普通に出る。派手な技が決まると「ぅおおお!」って声が出る。こんなに歓声が素直に上がるものだとは思いませんでした。


ショーのスタイルは、プリンスアイスワールドのバレエ団みたいな人たちが20人くらいいて、その人達がメイン演者、有名選手が公演ごとにいろいろとゲストで来る、という具合のようです。群舞、ソロ、ソロ、群舞、ソロ、ソロ、群舞、というようなステージ構成でした。

オープニングとエンディング曲が『RENT』で、前半最後の曲が『リバーダンス』で、全体のラストが『レ・ミゼラブル』。パンフレット冊子を買えばおそらく書いてあるのだろうけど、場内での説明はほぼなし。何の曲で踊ってるのかくらいは知れるといいなとは思いました。

照明演出はけっこう気合入ってる印象だったのですが、音響がいま一歩という感じでした。あの建物構造では仕方ないのかもしれないけど、中低音域がもっとクリアに聞こえるといいのになと。やっぱりフィギュアスケートにとって音楽はあまり重要じゃないんだろうか、なんて邪推してしまいます。

とても興味深く思ったのは、11,000円のSS席が、パイプ椅子だったこと。リンクの目の前(相撲でいう砂かぶり席)ではあるんだけど、11,000円のパイプ椅子ってすごい。

休憩時間にベンツが出てきたのは面白かった。ベンツがスケートリンクを徐行してましたね。


競技者としての一線を退いたあとも、アイスショーという舞台で続けられるのは、素敵だと思います。

個々の演者については、八木沼純子さんの演技がすごくよかったとか、怪力ペアのリフトがとんでもなかったとか、ジュベールさんマジイケメンとか、ジュベールさん明らかに他の人よりジャンプうまいし高いし素人目にもすごいよとか、安藤美姫さんのジャンプ成功して本当によかったなーとか、リバーダンスの隊列ステップがかっこよかったとか、八木沼さんのエポニーヌよかったとか、いろいろありました。とにかくジュベールすごかった。本田武史さんもアツい演技でよかったです。荒川静香さんがなにかとイナバウアー披露して盛り上がるのも面白かった。


スケートだからこその身体拡張性について。
なんでスケートだと3回転ジャンプなんてできるのかと不思議だったのですが、あれは水平方向の運動エネルギーがジャンプのタイミングで垂直方向に変換されることで高さを得てる、ということなんだろうと感じました。あの速さで走れるなら高く跳べるよなと納得がいきました。スーパーマリオBダッシュすると高く遠くへ跳べるのと同じことでしょうか。
移動速度が拡張されたことによって、陸上では不可能な表現が氷上では可能になったのがフィギュアスケートです。ところが、それに甘んじているのか、あるいは別の理由なのか、陸上でできることが氷上ではできないということもあるように思えました。
具体的には、上半身をもっと魅せられないものかなあ、という点が特に気になります。想像される理由としては、スケートリンクが広すぎるため、上半身の演技や表現を頑張ったとしても客席まで届きにくいということ。陸上のダンスやバレエは、舞台がもっとずっと狭いから、そこに違いがあるのかなと。
あるいは、身体トレーニングの効率の問題なのかもしれないですね。ジャンプ等の技能習得のために訓練リソースを多く割くのは、当然の判断だろうとは思います。


また観に行きたいです。あの氷削音をまた聴きたい。

ももクロ夏のバカ騒ぎ2014での『キミノアト』について思ったこと

私の2014年はももいろクローバーZとともにあると7月末の時点で言い切って差し支えない。
2013年12月から真面目に視聴するようになり、1ヶ月後にはすっかりハマっている。それから何度かライブにも足を運び、今回の「夏のバカ騒ぎ2014」は当然のように2日公演に両日参戦した。1日目は現地の日産スタジアム、2日目は映画館でのライブビューイングで参加した。


今回の公演は「夏のバカ騒ぎ」であり、副題が「桃神祭」ということで、お祭り騒ぎという趣意を強く出したものだった。和楽器バンドや神楽、阿波踊り集団やお神輿集団なども出てきていて、こういう他界隈のエンターテイメントとの接合を提示してくれるのは面白い。


セットリストは、両日とも大枠では共通していて、お祭り騒ぎ的な派手な曲が多いなか、魅せる・聴かせる曲を各所に配置していた。こういう曲組みができるということ自体が、ももクロの成長を感じさせて泣けてくる。
ライブアーティストについて「成長を感じて泣ける」という評価は、本来はふさわしくないだろう。素晴らしいものを、ただ見せてくれればいい。成長過程というコンテクストを含めて感動するのは、高校生の部活動の発表会などで十分だとは思う。
もはや、ももクロのパフォーマンスは「一生懸命さ」が良さではない。無理なく堂々と歌い踊るようになっている。バカ騒ぎな曲はあくまでバカ騒ぎをしながら、落ち着いたバラードや難曲も危なげなく歌う。


『キミノアト』は、シンプルなラブソング。発表当時は、脱退したメンバーへのメッセージを連想させる歌詞だということで話題だったらしい。素直に聞けば、ごく普通の、なんてことはないバラード曲だ。
この曲が、2日公演ともに、プログラムの最終盤に配置されていた。1日目はアンコール3曲目(大トリの1つ前)、2日目は本プログラムの最終曲(アンコール前の最後)だった。


映画館で2日目の『キミノアト』のイントロを聞きながら、不思議に思った。たしかに、この2日公演の曲目はあまり変更がなかった(悪天候による短縮化の影響もあったのかもしれない)。まったく違うセットリストを見せるより、曲数を絞って全体の質を高める方向にしているのだろう。それは望ましい。それにしても、『キミノアト』ってそんなにいい曲だったっけ? そんなに人気の高い曲だったっけ? 『走れ!』が両日とも終盤に配置されていたのは理解できる。むしろ、セットの途中に出てくることを驚くような扱いの曲だ。でも『キミノアト』ってそういう扱いだったっけ? 今回まだ使ってないバラードは他にもあるけど……。
歌い出して、ハッとする。今日は夏祭りだったんだ。夏祭りは楽しいけれど、お祭りが終わるのは少し切ない。ジッタリン・ジンの(Whiteberryの)『夏祭り』が提示したような、完全には成就しない恋の舞台としてのお祭りを、ももクロは2日間のライブを掛けて提示しようとしている。その終幕としての『キミノアト』なんじゃないか。


さて、そんな効果を狙ったセットリスト自体は、難しいことではない。使える楽曲はずいぶんたくさんあり、それらを配置することで、プログラムとしてはバカ騒ぎとお祭りの幕引きを演出することはできる。
セットリストとしては演出可能だとしても、それに応えられるかどうかは、彼女たち5人のパフォーマンス次第となる。そして彼女たちは、しっかりと役目を果たす。『キミノアト』を歌う彼女たちは、少しも無理をしている様子なく、ごく自然な姿で、2日間のお祭りを閉じていく。
ああ、こんな表現ができるんだ。こんな大きな舞台で、こんな風に歌うことができるんだ。
コンテクストに依存したエンターテイメントを高くは評価しないという品質至上主義も、正しいことだと思う。アイドルが輝いているのは、完璧ではない少女たちが懸命に輝こうとする行為こそがきらめきを反射して見せているからではある。そういう批判的視点を踏まえつつも、彼女たちの確かな成長を目の当たりにして、私は立ち尽くすしかなかった。


一夜明けて、あらためて『キミノアト』を聴く。やっぱり、曲自体はシンプルなラブソングだ。ももクロのレパートリーの中では、ずいぶんあっさりした曲といえる。
彼女たちは、そんな曲を自然に歌うことで、画面のこちら側にまで圧倒的な感動を届けた。あらためて、称賛したい。

むしろ大人に読ませてみたい『中高生のための「かたづけ」の本』

片付けに関する書籍はたくさんある。
私にとって、片付け精神論のベストは『人生がときめく片づけの魔法』であり、片付け技術書のベストは『片づけの解剖図鑑』だ。
岩波ジュニア新書から『中高生のための「かたづけ」の本』が、数ある片付け指南書群のなかへ登場した。

タイトルの示す通り、本書は中高生のために書かれている。中高生とはどういう存在だろう。中高生は、家計の主体ではなく(生活費を稼ぐ立場でなく)、毎日学校へ行くことが生活の中心にあり、これから自立者になっていく段階の存在である。このような存在である中高生が、いまのうちから「かたづけ」に対しての訓練を積んでおくことは、その後の人生において重要であると本書の著者は考えている。まったくそのとおりだろう。
片付けには「練習」が必要だと著者は主張する。片付けとはそもそも練習することなく簡単にできるような行為ではない。ところが、片付けの練習を体系的に学ぶようなことはない。家庭でも「早く片付けなさい!」と叱るばかりで、具体的な手順をていねいに教えたり、何度も練習をしたりということはあまりないだろう。
片付けの技術というのは、それほど複雑なものではない。これまでのたくさんの書籍で書かれていることと、本書のそれは、あまり違わないように感じた。
やはり、片付けというのは精神論である。『人生がときめく片づけの魔法』がセンセーショナルに提示した「物質に対して精神的充足を感じるかどうかが、片付けの本質である」という考え方は、本書でも継承されていて、「人生」や「自分で選択する」というような言葉がしばしばキーワードになっている。
本書は、短めの興味深いエピソードをいくつも積み重ねながら、中高生に届きそうな文章で片付け精神論を提供している。その意味で、良書である。
本書の特に素晴らしいところは、終章のさらにあとに掲載された「付録」の章だ。『親子でかたづけ上手になろう!』というタイトルの付録章は、子育てをする親に向けて書かれたものだが、そういうスタンスの文章こそ中高生が読みたいものではないか。親の視点や、他人が親へ向ける視点などを含めて世界を複合的に捉えることで、中高生の精神は落ち着くもののように思う。
部屋を片付ける気のない中高生にも、部屋を中高生に片付けさせたい大人にも、ちょっとした学びがあるだろう。大人の方が学ぶべきことは多いかもしれない。

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